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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2675号 判決

原告 株式会社日本映画研究所

右代表者代表取締役 西江孝之

〈ほか三名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 加藤隆三

同 重国賀久

同 安岡清夫

被告 株式会社岩波映画製作所

右代表者代表取締役 小口禎三

被告 新日本製鐵株式会社(変更前の商号 八幡製鐵株式会社)

右代表者代表取締役 稲山嘉寛

右被告両名訴訟代理人弁護士 須藤尚三

被告 池野成

被告 片山幹男

右被告両名訴訟代理人弁護士 舟橋諄一

同 熊本典道

同 松重君子

主文

被告株式会社岩波映画製作所、同池野成、同片山幹男は、各自、原告株式会社日本映画研究所に対し金三〇〇万円を支払え。

被告株式会社岩波映画製作所、同池野成、同片山幹男は、共同して、原告株式会社日本映画研究所に対し別表(五)記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各全国版にそれぞれ一回掲載せよ。

原告株式会社日本映画研究所の被告新日本製鐵株式会社に対する請求及びその余の原告らの被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告株式会社日本映画研究所と被告株式会社岩波映画製作所、同池野成、同片山幹男との間に生じた分は同被告らの負担とし、同原告と被告新日本製鐵株式会社との間に生じた分は同原告の負担とし、また、原告西江孝之、同楠木徳男、同持田裕生と被告らとの間に生じた分は同原告らの負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告株式会社岩波映画製作所、同池野成、同片山幹男は、連帯して、原告株式会社日本映画研究所に対し金三〇〇万円、同西江孝之に対し金一〇〇万円、同楠木徳男、同持田裕生に対し各金五〇万円を支払え。

(二)  被告らは、共同して、原告らに対し別表(一)記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各全国版に掲載せよ。

(三)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並びに右(一)の項につき仮執行の宣言

二  被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  原告株式会社日本映画研究所(以下「原告日本映画」という。)は、映画の企画、製作、新しい映画の動向及び映画史の研究等を目的とする会社であり、原告西江孝之(以下「原告西江」という。)は、同社の代表取締役であって、映画の演出、脚本の執筆等を職業とするもの、原告持田裕生、同楠木徳男(以下順次「原告持田」、「原告楠木」という。)は、いずれもフリーの立場で映画の演出、脚本の執筆等を職業としているものである(以下、原告日本映画を除くその余の原告らを総称していうときは、「原告西江ら」という。)。

(二)1  原告日本映画は、本田技研工業株式会社及び株式会社ホンダランド(旧商号株式会社テクニランド)の委嘱により、昭和四二年度作品として映画「エンジンシンフォニー」(以下「本件映画」という。)を、総監督原告西江、脚本及び演出原告西江ら、作曲被告池野成(以下「被告池野」という。)、音響被告片山幹男(以下「被告片山」という。)のスタッフで製作し、昭和四三年六月頃これを完成させた。

2 本件映画は、イーストマンカラー、三五ミリシネスコ版、磁気録音による映画であって、修学旅行の生徒を主たる対象とする鈴鹿サーキット(株式会社ホンダランド経営)産業科学コースの一環をなす総合的教育映画として企画され、日本映画界ではほとんど用いられることのないステレオ録音がその一部に付されている等、従来の教育文化映画の手法を超えた新しい試みによる映画として製作されたものであり、なお現在でも右鈴鹿サーキット内で連日上映されている。

(三)1  本件映画の製作に当っては、後述のとおりこれに付すべき音楽の演奏を収録したテープ(以下「本件音楽録音テープ」という。)が作成されたところ、原告日本映画は本件映画の製作者として、また原告西江らはその企画監督、演出、脚本を共同で担当した著作者として、本件音楽録音テープを本件映画のために排他的に利用する権利を有するものであって、このことは本件映画の製作過程に照らして明らかである。

2 本件映画の製作過程を詳述すれば次のとおりである。

(1) 原告西江ら演出家、脚本家は、その協同作業によって先ず本件映画に固有のテーマを掘り下げ、これを文章化してシナリオを作成し、次いでこのシナリオを基礎にして、カメラマンを初めとする撮影スタッフを統率して撮影を行い、そのフィルム(映像)の編集を終えた後、これを試写してさらにこの映画の固有のテーマ、モチーフ、キャラクター等につき繰り返し検討を重ね、そのうえでこの映画だけに固有の性格を音楽面でより効果的に表現するため、昭和四三年四月下旬原告日本映画から被告池野に対し映画音楽の作曲が依頼された。右依頼に当っては、原告西江らの演出意図が、ある特定の映像部分に「何分何秒」の長さの音楽を付したいという形で、詳細なカット表とともに示された。

被告池野は、右依頼を受けて、ある特定の映像に付される音楽を、カット表によって秒数まで厳密に指定されたうえで作曲し、昭和四三年五月下旬これを完成させた。もちろん、作曲家としての被告池野の個性、才能が右映画の音楽を大きく左右しているのではあるが、同被告としても右映画の演出家を初めとする他の創造パートと無縁に独立した創造行為を行ったものではない。

原告西江らプロデューサー、演出家は、作曲家としての被告池野の意図を十分にくみながら、すぐれた映画作品を完成させるべく、シナリオ、映像、音楽がこん然一体となって演出的に十全の効果をあげられるようにとの配慮のもとに、その音楽表現にふさわしい指揮者、演奏者、立体音響の可能なスタジオ、特殊楽器等を準備調達した。原告西江らによるこのような配慮、準備のもとに被告池野の作曲にかかる音楽が演奏され、これがテープに収録されたものが本件音楽録音テープである。なお、右作曲、演奏、録音その他本件音楽録音テープの作成に必要な一切の費用は、原告日本映画から支出された。

(2) 被告片山は録音技術者として本件映画の製作に関与した。

(3) 本件音楽録音テープ、せりふのテープ、効果音テープが合成され、その合成テープが最終的にはフィルムと結合されて、映像と音の結合した総合芸術たる本件映画が完成した。

3 以上のとおり、本件音楽録音テープは、作曲家被告池野のみの創造行為によって作成されたものではなく、原告西江らの著作活動、原告日本映画が契約した演奏家の演奏等の総合されたものであって、原告らのみが、前述のような排他的利用権限を有するのである。

(四)1  被告株式会社岩波映画製作所(以下「被告岩波映画」という。)は、被告新日本製鐵株式会社(以下「被告新日本製鉄」という。)の委嘱に基づき、昭和四四年八月頃同年度作品として映画「新しい鉄づくり―君津製鉄所は挑戦する」を製作したところ、被告岩波映画、同池野、同片山は、共謀のうえ、右映画の製作に当り原告らのみが排他的に使用しうべき本件音楽録音テープを盗用し、右映画の音楽に、別表(二)、(三)記載のとおり、本件映画の音楽と旋律、演奏等において全く同一の音楽を使用した。

2 被告新日本製鉄は、右映画「新しい鉄づくり」が不法に製作されたものであることに気付くべきであるのに過失によってこれに気付くことなく(なお、原告日本映画は、昭和四四年一二月二四日付翌日到達の通知書をもって被告新日本製鉄に対し、映画「新しい鉄づくり」の音楽部分の削除を要求したから、同日以降は右の事情を認識しながら)、工場見学者、取引先等を対象として右映画を上映し、又は上映のためのフィルム貸出等を行い、昭和四五年五月四日右映画の音楽を入れ替えるまでこれを継続した。

3 原告らは、被告らの右行為により、なかんずく「岩波映画」、「新日本製鉄(旧八幡製鉄)」の知名度が高かったため、本件映画が偽作ではないかとの疑いを受けかねない状況に立ち至り、社会的信用、名誉を著しく害されたばかりか、本件映画の企画、委嘱者である株式会社ホンダランド、本田技研工業株式会社に対しても多大の迷惑、損害を生じさせ、その結果原告らの右両会社に対する信用度も害されることになった。

4 被告らの前記行為は原告らに対する共同不法行為を構成する。

(五)  原告らが被告らの不法行為によって蒙った損害は次のとおりであり、これを被告新日本製鉄を除くその余の被告らに対して請求する。

1 原告日本映画関係  合計金七二〇万円

(1) 得べかりし利益の喪失  金五二〇万円

本件映画は前記鈴鹿サーキット内のテクニカルホールでのみ上映される映画として製作されたのであり、右テクニカルホールの建設に当っては、ここでのみ上映される映画を二年間に一本位の割合で製作することが予定されていたものであって、特別の事情のない限り、原告日本映画は右両会社から再びテクニカルホールで上映すべき映画の製作を受註することが期待できたのであるが、被告らの不法行為により右両会社から本件映画に続く次回作の製作を受註することが不可能になった。

本件映画の製作費は約金一六〇〇万円であり、通常コマーシャル映画の製作に当って製作者が受けるべき純利益は、広告代理店がスポンサーと製作者の間に介在しない場合、製作費の二割を下ることはないところ、本件映画に続く次回作も少なくとも本件映画と同程度の費用で製作されたのであろうから、原告日本映画が右製作により受けるべき利益は、次回作一つに限ってみても、金三二〇万円を下らなかったはずであり、同原告は右同額の損害を蒙ったことになる。

被告らの不法行為と右損害との間の因果関係につき付言する。

現在の映画界が激しい競争故の厳しい情勢下にあることは周知のとおりであり、特に産業映画の部門においては受註能力の良否が企業存続の基盤となっているのであるが、本件において原告日本映画はいわば「盗まれた被害者」であるにもかかわらず、厳しい情勢の中ではかえって盗まれたことに問題があるとされて直接受註能力が阻害される結果になった。特に、被告新日本製鉄が我国最大の鉄鋼メーカーであることが、原告日本映画と株式会社ホンダランド、本田技研工業株式会社との間の前記黙約を踏みにじらせてしまったのであり、被告らの不法行為が発生しなかったならば、原告日本映画が前記テクニカルホール上映用の映画の製作を引き続き受註しえたであろうことは確実であったのである。

また、右の事情は他のスポンサーとの関係においても全く同様であって、原告日本映画は被告らの不法行為により少なくとも三件の映画製作を受註しえなくなった。通常三五ミリ一巻物の産業映画の製作費は金三〇〇万円から金三五〇万円位であり、右製作により製作者は金七〇万円程度の利益を受けることができる。したがって、原告日本映画は前記損害のほか金二〇〇万円を下らない得べかりし利益を喪失し、右同額の損害を蒙ったことになる。

(2) 慰藉料     金二〇〇万円

法人においても社会的評価としての名誉、信用、声望が毀損された場合は金銭によって慰藉されるべきである。原告日本映画は被告らの不法行為によって前記(四)3で述べたとおり著しくその社会的信用、名誉を毀損されたものであって、これに対する慰藉料としては、前記逸失利益の算定が困難であること、被告池野、同片山が何らの創作活動をすることなく、いわゆる作品の二重売りをして利益を得ていること、被告岩波映画が著名な映画製作者であるにもかかわらず、原告らの事前の抗議に対しこれを黙殺し、何ら誠意を見せなかったばかりか、規模の小さい原告日本映画に圧力をかけ、訴訟を余儀なくさせたこと等諸般の事情を考慮すれば、金二〇〇万円が相当である。

2 原告西江ら関係  合計金三五〇万円

原告西江らは、被告らの不法行為によって本件映画の共同著作者としての立場を著しく傷つけられ、その名誉、信用を毀損された。右に対する慰藉料としては、原告西江らが原告日本映画と一体であり、その名誉の毀損、信用の低下は原告西江らの名誉の毀損、信用の低下となること、原告日本映画の受註能力の低下がなければ同原告の映画製作のスタッフとしてより多くの創作活動をなしえたこと、及びこれにより金銭的対価を得ることが当然予定されていたところ、その算定が困難であること、被告池野、同片山の行為はかつての仲間に対する重大な背信的行為であること、被告岩波映画は著名な映画製作会社であるのに敢えて前述のような行為に及び、原告らの事前の抗議を黙殺したばかりか、かえって圧力をかけ、訴訟を余儀なくさせたこと等諸般の事情と、原告西江らの本件映画の創作に対する関与の態様を合わせ考慮すれば、少なくとも原告西江につき金一五〇万円、原告楠木、同持田につき各金一〇〇万円が相当である。

(六)  よって、不法行為に基づく損害賠償として、被告新日本製鉄を除くその余の被告らに対し、前記損害金のうち、原告日本映画は金三〇〇万円、原告西江は金一〇〇万円、原告楠木、同持田は各金五〇万円の連帯しての支払を求めるとともに、原告らは被告らに対し、失われた名誉、信用を回復するための措置として、別表(一)記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各全国版に掲載すべきことを求める。

(七)  仮に前記不法行為の主張が認められないとしても、原告日本映画は次のとおり主張する。

被告池野、同片山は、本件映画の製作に参加するに当り製作者たる原告日本映画との間で、本件映画の製作に創作的に寄与することを主な内容とするいわゆる参加契約を締結したところ、右契約の内容の細目は映画界の慣行によって定まるのであるが、その中には自ら創作に関与した部分でも他の参加契約者の承諾なしには他に利用させることができないとの合意を含んでいる。したがって、被告池野、同片山が本件映画製作のために作成された本件音楽録音テープを映画「新しい鉄づくり」の製作に利用したことは、右約旨に反し原告日本映画に対する債務不履行を構成することが明らかである。

原告日本映画が右債務不履行によって蒙った損害は前記(五)1(1)に述べたとおりである。

よって、原告日本映画は、債務不履行に基づく損害賠償として被告池野、同片山の各自に対し、右損害のうち金三〇〇万円を支払うべきことを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張(以下、特に被告名を記さない個所は、全被告共通の認否及び主張である。)

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)1  同(二)1の事実は認める。

2 同(二)2の事実のうち、本件映画の一部にステレオ録音が付されていることは認め、その余は不知。

(三)1  同(三)1の事実のうち、原告日本映画が本件映画の製作者であり、原告西江らがその企画監督、演出、脚本を共同で担当した者であることは認め、その余は否認する。

本件音楽録音テープに録音された楽曲については、作曲者である被告池野が著作者として音楽著作権を有し、本件音楽録音テープについては、右音楽をテープに固定した被告片山が、録音テープについての著作者として著作権(新法では隣接権)を有するものであり、原告らは本件音楽録音テープについて何ら排他的利用権を有しない。

2(1) 同(三)2(1)の事実のうち、被告池野が本件映画の音楽の作曲を依頼され、これを作曲したことは認める。

(被告岩波映画、同新日本製鉄)その余は不知。

(被告池野、同片山)その余は否認する。被告池野の作曲した音楽は、同被告が依頼した小杉太一郎の指揮により、森田音楽事務所の楽団が演奏し、これを被告片山がマザーテープに録音したものである。

(2) 同(三)2(2)の事実は認める。

(3) (被告岩波映画、同新日本製鉄)同(三)2(3)の事実は知らない。

(被告池野、同片山)右事実は否認する。

3 同(三)3の事実は否認する。

(四)1  同(四)1の事実のうち、被告岩波映画が被告新日本製鉄の委嘱に基づき昭和四四年度作品として映画「新しい鉄づくり」を製作したこと、右映画の音楽の一部に、別表(四)のとおり本件映画の音楽と旋律、演奏等において同一の音楽が使用されていることは認め、その余は否認する。

(被告池野、同片山)被告片山は、斯界の慣習に従い、本件音楽録音テープの内容を予備用、研究用としてテープにコピーして保存していたのであり、これが映画「新しい鉄づくり」の映画音楽の作成に利用されたものである。

2 同(四)2の事実のうち、被告新日本製鉄が工場見学者、取引先等を対象として、映画「新しい鉄づくり」の上映又は上映のためのフィルム貸出等を行い、昭和四五年五月四日右映画の音楽を入れ替えるまでこれを継続したことは認める。

(被告岩波映画、同新日本製鉄)被告新日本製鉄が原告日本映画から昭和四四年一二月二四日付通知書をその翌日受領したことは認め、その余は否認する。

(被告新日本製鉄)被告新日本製鉄は、被告岩波映画に対し、君津製鉄所の見学者等に紹介する映画の製作を委嘱しただけであって、その内容についてはすべて岩波映画が責任を負うべきものである。映画注文者としては、映画に使用された音楽の権利関係についてまで調査する責任を負ういわれはないからである。また、被告新日本製鉄は、原告日本映画から通知を受けたからといってその内容が正当かどうかは分らないのであるから、一片の通知によって上映を中止する義務はない。

(被告池野、同片山)被告新日本製鉄が原告日本映画から昭和四四年一二月二四日付通知書をその翌日受領したことは不知、その余は否認する。

3 同(四)3の事実は否認する。

(被告岩波映画、同新日本製鉄)本件映画と映画「新しい鉄づくり」に同一の音楽が付されていることによって、原告らの社会的信用が害されることはありえない。すなわち、映画「新しい鉄づくり」は千葉県君津の工場見学者等を対象に上映されるものであり、一方本件映画は三重県鈴鹿のテクニランドで上映されるものであって、見学者が同一の音楽であることに気付くことはほとんど考えられないし、仮に気付いたとしても、どちらの映画が先に作られたか、またいかなる事情で同一の音楽が使用されているかは分らないからである。

また、本件音楽録音テープの問題について、被告岩波映画、同新日本製鉄は何も公表しておらず、したがって原告らの信用を害する行為を何ら行っていない。右の問題を公表宣伝したのはむしろ原告らであり、信用を害されたとすれば、それは原告らが自ら招いたものである。

4 同(四)4は争う。

(五)  (被告岩波映画、同池野、同片山)同(五)の事実はすべて否認する。

(六)  同(六)は争う。

(七)  (被告池野、同片山)同(七)の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  原告らの地位に関する請求原因(一)の事実及び原告日本映画が映画「エンジンシンフォニー」すなわち本件映画を原告ら主張のようなスタッフにより製作したこと等請求原因(二)1の事実は、当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》を総合すれば、本田技研工業株式会社の全額出資により設立された株式会社ホンダランド(旧商号株式会社テクニランド)は、中学、高校の修学旅行生徒を主要な対象とする鈴鹿サーキット自動車遊園地を経営していたところ、昭和四二年頃右遊園地内に映画上映装置、立体音響装置等を備えたテクニカルホールを新設することになり、昭和四三年頃本田技研工業株式会社と共同で原告日本映画に対し、専ら、右ホールで上映するための、自動車エンジンに関する知識の習得、モータリゼーションの喚起等を目的とする教育映画の製作を委嘱したこと、これを受けた原告日本映画では、音響部門を被告片山に依頼する一方、演出、脚本担当の原告西江、同持田、同楠木が共同で先ずシナリオを執筆し、次いで右シナリオに基づき撮影スタッフを統率して撮影作業を進め、昭和四三年四月末頃までに撮影及びフィルム(映像)の編集をひとまず終え、そのころ被告池野に対し右映像に付する音楽の作曲を依頼したこと、原告西江らは、その際被告池野にシナリオを渡して右映画の製作意図を説明し、かつ被告片山を交じえて再度にわたり編集済みのフィルムを試写し見せるとともに、いわゆるカット表を渡してどの映像部分にどのくらいの長さの音楽を入れるか等の構想を示したが、これは被告池野らの意見により手直しされたこと、被告池野は昭和四三年五月半ば頃右音楽の作曲を終えたこと(同被告が本件映画の音楽の作曲を依頼され、これを作曲したことは当事者間に争いがない。)、次いで原告西江らは被告池野の意向に沿って右音楽の演奏を指揮者小杉太一郎及び森田音楽事務所の楽団に依頼し、昭和四三年五月一六日東京スタジオセンターにおいて右スタッフによる演奏が行われ、被告片山がこれを収録して本件音楽録音テープ(マザーテープ)を作成したこと、右作曲、演奏、録音その他本件音楽録音テープの作成に要した費用はすべて原告日本映画が出捐したこと、その後被告片山らにより本件音楽録音テープ、ナレーションのテープ及び、効果音のテープが合成され、さらに右合成テープとフィルムが結合され、昭和四三年六月中旬頃シネマスコープ、カラーによる本件映画(全三巻)が完成するに至ったこと(被告片山が録音技術者として本件映画の製作に関与したことは当事者間に争いがない。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、《証拠省略》を総合すれば、映画製作業界においては、遅くとも後述の映画「新しい鉄づくり」が製作された昭和四四年当時、特定の映画のために作曲され、かつ演奏、録音された音楽をそのままその録音物を使用して他の映画に付する等別個の用途に使用する場合には、その映画の製作者の承諾を得なければならないとの慣行がすでに成立していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の認定事実を総合すれば、本件映画の製作者である原告日本映画は、慣行に基づき、本件映画の製作のために被告池野によって作曲され、小杉太一郎の指揮のもとに森田音楽事務所の楽団によって演奏され、かつ被告片山によって本件音楽録音テープに収録された音楽を、その録音テープを使用して、みだりに他の映画製作等の目的のために使用されないという法律上の利益を有するものであることを認めるに十分である。もっとも、本件映画の演出及び脚本を共同で担当した原告西江、同持田、同楠木らが映画製作者たる原告日本映画と同様に本件音楽録音テープにつき右に述べたような慣行上の利益もしくは原告ら主張のような排他的利用権を有することについては、これを肯認しうる証拠がなく、したがって、原告西江らの被告らに対する各請求はすでにこの点において理由がない。

なお付言するに、原告日本映画が本件音楽録音テープについて有する前述の利益は、映画の製作行為自体に関連して発生するものであって、本件映画あるいはこれに付するべく作曲された音楽、その演奏もしくはこれを固定した本件音楽録音テープの著作権(現行著作権法によれば後二者については著作隣接権)の帰属いかんとは何ら関係がない。被告池野が本件音楽録音テープに収録されている音楽そのものの著作者であり、その著作権を他人に譲渡しない限りは著作権者でもあることは疑いがないから、被告池野がその音楽著作物を他人に、他の映画作成のために利用することを許諾することができることはいうまでもない。しかしながら、著作権者自身といえども映画製作者が、著作権者の許諾を得てその音楽を演奏・録音した具体的な録音物を映画製作者の承諾なく使用し又は他人をして使用せしめることはできず、それは著作権という権利の行使の枠をふみでた違法行為というべきである。

二  次に、被告岩波映画が被告新日本製鉄の委嘱により昭和四四年度作品として映画「新しい鉄づくり―君津製鉄所は挑戦する」を製作したこと、右映画の音楽として、本件映画の音楽と旋律、演奏等において同一の音楽が使用されたこと、被告新日本製鉄が工場見学者、取引先等を対象として右映画の上映又は上映のためのフィルム貸出等を行い、昭和四五年五月四日右映画の音楽を入れ替えるまでこれを継続したことは、当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》を総合すれば、被告岩波映画では、昭和三九年頃被告新日本製鉄(当時の商号八幡製鉄株式会社)から君津製鉄所のPR映画として映画「新しい鉄づくり」の製作を委嘱され、プロデューサー坊野貞男を中心とするスタッフにより撮影、現実音の収録等の作業を行い、昭和四三年からは安藤厳が監督、演出担当者として、また昭和四四年からは被告片山が音響担当者としてこれに加わったこと、坊野貞男は、他の製作スタッフにはかったうえ、右映画に付する音楽をいわゆる選曲すなわち既存の音楽を再構成するなどして利用する方法で調達することとし、昭和四四年夏頃被告池野に対し、右選曲を依頼するとともに、映画「海にきずく製鉄所」を初めとする被告岩波映画の製作にかかる映画のために同被告において作曲した音楽の中から適当なものを選択するよう指示したこと、被告池野は、被告片山、安藤厳ら他の製作スタッフ立会いのうえ、編集済みの映像を見ながら選曲作業を進めたところ、被告岩波映画の作品のために被告池野が作曲した音楽の中には右映像に合致するものが見当らなかったが、たまたま被告片山が持参していた二本の音楽録音テープ、すなわち本件音楽録音テープ及び東京シネマ製作の映画「潤濶油」のために作成された音楽録音テープ(これらはいずれも被告池野が作曲した音楽を収録したものであって、被告片山が予備用、研究用に作成、保存していたコピーである。)に収録されていた音楽が適当であると考え、これらを利用することになったこと、もっとも、被告池野は、自ら作曲したものとはいえ、他社の映画製作のために作曲、演奏された音楽ないしこれを収録したテープをそのまま利用することに疑問を感じたので、他の製作スタッフに右の疑問を表明し、また被告片山においても、右テープの使用につき原告日本映画らの了解を得た方がよいとの意見を述べたこと、しかしながら、被告岩波映画、同池野、同片山は、結局原告日本映画の承諾を得ることなく本件音楽録音テープを利用し、別表(四)記載のとおり、本件映画の音楽と旋律、演奏等において全く同一の音楽を映画「新しい鉄づくり」に付したこと、原告西江は、昭和四四年一二月頃右同一音楽使用の事実を知り、原告日本映画名義により、同月二四日付翌日到達の各通知書をもって被告岩波映画及び同新日本製鉄に対し、右同一音楽使用の事実につき異議を唱えるとともに、映画「新しい鉄づくり」の音楽部分の削除等を求めたが、被告新日本製鉄は、昭和四五年五月四日まで従前どおり右映画の上映等を継続したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

以上の認定事実によれば、被告岩波映画、同池野、同片山が映画「新しい鉄づくり」製作のために本件音楽録音テープを無断で使用したことは、原告日本映画が右テープについて有する前述の利益を侵害するものとして違法であり、かつ右被告らは、いずれも自ら本件音楽録音テープの使用につき、原告日本映画の承諾を取り付ける措置を講じなかった点において少なくとも過失の責を免れないことが明らかである。したがって、右被告らは各自原告日本映画が右の不法行為によって蒙った損害を賠償する等の義務がある。

しかしながら、被告新日本製鉄は、被告岩波映画に対して映画「新しい鉄づくり」の製作を依頼し、かつ完成した右映画の上映等を行ったにとどまるのであって、右映画に付された音楽の権利関係についてまで調査すべき責任を負うものではなく、たとえ原告ら主張のように原告日本映画から前述のような通告を受けたからといって、そのような責任が発生するものともいえない。したがって、被告新日本製鉄は原告日本映画に対し何ら不法行為責任を負ういわれはなく、同原告の右被告に対する請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三  進んで、原告日本映画が被告岩波映画、同池野、同片山の前記不法行為によって蒙った損害について判断することとし、先ず得べかりし利益の喪失による損害について検討する。

《証拠省略》を総合すれば、原告西江は、昭和四四年一二月頃被告岩波映画製作の映画「新しい鉄づくり」に本件映画の音楽と同一の音楽が使用されていることを知り、本件映画の製作者としての立場上、その製作委嘱者である株式会社ホンダランド、本田技研工業株式会社に右の事実を報告したところ、右両会社では原告日本映画のいわば「被害者」としての立場に理解を示しつつも、映画「新しい鉄づくり」の音楽部分を削除させる措置を講ずるよう指示したこと、前述のテクニカルホールの建設に当っては、本件映画のほか、その続編として、自動車エンジンの理論をさらに深く追求するため、あるいは交通安全教育の用に供するための映画の製作が予定されており、一方本件映画は前記委嘱者側に高く評価されていたところから、原告日本映画が右続編の少なくとも一本につき製作を委嘱されることはほぼ確実な状況であったが、右の事情によりその受註を受けられないまま現在に至っていること、映画界、なかんずく産業映画の部門では、受註競争が極めて激しいため、著名かつ大規模な製作者の場合は格別、原告日本映画のように新興のしかも小規模な製作者の場合においては、映画の製作に関して他の製作者との間に紛争を生じるようなことがあれば、勢いこれが顧客に対する関係での信用の低下につながる傾向があること、本件映画の製作費としては、当初金一六〇〇万円の見積りがなされていたが、後に金二五〇万円が追加されたこと、いわゆるPR映画の製作により製作者が得る純利益は、依頼者と製作者の間に広告代理店が介在するか否かによって異なるが、おおむね製作費の一割五分ないし三割程度であり、原告日本映画も本件映画の製作により前記製作費の二割程度の純利益を挙げたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告日本映画は、仮に前記不法行為が発生しなかったならば、前記委嘱者から少なくとも金一六〇〇万円の製作費による続編一本の製作を受註し、これによって右製作費の二割すなわち金三二〇万円を下らない純利益を得たであろうことが推認できる(なお、原告日本映画は前記不法行為により他の顧客との関係においても少なくとも三本の映画の製作を受註しえなくなった旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)。すなわち、原告日本映画は前記不法行為によって金三二〇万円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を蒙ったことになる。

次に、慰藉料について検討する。

法人にあっても、社会的評価としての名誉、信用が故なく毀損された場合は、これを金銭で慰藉すべきことを請求しうることはいうまでもない。ところで、原告日本映画のように小規模かつ新興の製作者が映画製作に関して他の製作者との間に紛争を生ずるようなことがあれば、これが顧客との関係における信用の低下につながるものであることは先に認定したとおりであって、原告日本映画が被告岩波映画、同池野、同片山の前記不法行為によって少なからずその社会的信用ないし名誉を毀損されたことは推認するに難くない。そして、《証拠省略》を総合すれば、原告西江は、先に認定したとおり、昭和四四年一二月頃映画「新しい鉄づくり」に本件映画と同一の音楽が使用されていることを知り、原告日本映画名義による通知書をもって被告岩波映画、同新日本製鉄に対し、映画「新しい鉄づくり」の音楽部分の削除等を申し入れたところ、被告岩波映画は、被告池野、同片山から事情を聴取したうえ、被告岩波映画においては右通知に接するまで同一の音楽使用の事実を知らなかったものであり、また本件映画に付された音楽については作曲者である被告池野に著作権があり、同被告から原告日本映画に対し右音楽の独占的使用権が付与されたこともないから、原告日本映画の主張は当を得ない旨の昭和四五年一月一四日付回答書を寄せたこと、原告西江は、自ら被告岩波映画に赴き映画「新しい鉄づくり」の音楽部分の削除等を求めて接衝する一方映画製作関係者に同被告による映画音楽の盗用に抗議する旨のビラを配布するなどし、被告岩波映画においても、話合いによる事態の収拾を図り、独自の和解条項案を作成するなどしたが、被告らの間にも事実認識あるいは責任の所在等に関する見解の相違があり、結局和解の成立には至らなかったこと、このため原告日本映画において本訴の提起を余儀なくされたものであることが認められ、右認定事実及び前記不法行為の態様等諸般の事情を合わせ考えれば、原告日本映画の社会的信用、名誉の侵害に対する慰藉料としては金三〇万円が相当である。

よって、被告岩波映画、同池野、同片山は、原告日本映画に対し、各自、前記不法行為に基づく損害合計金三五〇万円のうち同原告が本訴において請求する金三〇〇万円を支払うべき義務を負うとともに、先に認定した同原告の社会的信用、名誉に対する侵害の程度、態様等に徴し、毀損された信用、名誉を回復するための措置として、共同して、別表(五)記載のとおりの謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各全国版にそれぞれ一回掲載することが必要であると認める。

四  以上の次第であって、原告らの被告らに対する本訴各請求のうち、原告日本映画の被告岩波映画、同池野、同片山に対する請求は全部理由があるからこれを認容し、同原告の被告新日本製鉄に対する請求及びその余の原告らの被告らに対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高林克巳 裁判官 清水利亮 安倉孝弘)

〈以下省略〉

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